2010年02月24日

496~500 ウェーバー~ヴォルフ


496 ウェ-バ- クラリネット協奏曲第1番ヘ短調

 ザビ-ネ・マイヤ-の演奏(ブロムシュテット/ドレスデン国立o.1985年。EMI)が出たときは「ベルリン・フィル退団騒ぎ」からまだ間がなくて、とかくその事件との絡みで論じられたものだ。しかしこの演奏はいま聴きなおしてみても立派に名盤として評価されうる内容になっている。その後彼女はつぎつぎと録音を残し、多くの名盤を生み出した。25年という歳月は長いのか短いのか、感無量である。


497 ウェ-バ- 歌劇「魔弾の射手」

 このオペラはなぜか理由を覚えていないがクライバ-、ク-ベリック、カイルベルトと3つのセットをもとめた。いま手元に残っているのはカイルベルト/BPOの盤(1959年。EMI)である。ベルリン・フィルの質実剛健でしっかりした音がこのオペラによく合っている。カラヤン統治以前のベルリン・フィルの音が良好なステレオできける点も評価したい。


498 ウェ-ベルン 管弦楽のためのパッサカリア

 カラヤン/BPOは1973年から74年にかけて「新ウィ-ン楽派管弦楽曲集」という組物を出した。LPだと4枚、CDだと3枚のこのセットは夥しい盤歴を誇るカラヤンのディスクのなかでも「ばらの騎士」の新盤とならんでしばしば「カラヤンのベスト・テン」に挙げられる録音である。その中にこの曲がはいっている。CD3枚、シェ-ンベルク、ベルク、ウェ-ベルンの曲のいずれも必聴だ。


499 ヴィエニャフスキ ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調

 こういう曲ならグリュミオ-だろう、と棚を探してみたら所有していなかった。お恥ずかしい。わたしが持っているのはシェリングがクレンツ/バンベルクso.と組んだ演奏(1972年。フィリップス)であるがこの盤、もともとはカップリングされたシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第2番Op.61をきくためにもとめたものだ。まあヴィエニャフスキのほうも過不足のない良い演奏であったと記憶するので挙げておく。


500 ヴォルフ 歌曲集

 ヴォルフの歌曲はシュ-ベルトと同じでずいぶんたくさんある。わたしにはヴォルフの難解な歌曲(内容も音列も)をぜんぶきく能力がなかった。ぜんぶきいたらしんじゃうよ。で、フィッシャ-=ディ-スカウの全集(バレンボイムのピアノ。1972、73、74、76年。グラモフォン)から抜粋した1枚ものですませていた。1972年と74年に録音した「メ-リケ歌曲集」「ゲ-テ歌曲集」から合計26曲が抜粋されたものだったが、いま現役だろうか。「メ-リケ歌曲集」の中の「あばよ」などH音が要求される曲だがフィッシャ-=ディ-スカウはらくらくと出して絶妙であった。

  

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2010年02月23日

485~495 ワーグナー


485 ワ-グナ- 管弦楽曲集

 EMIからフルトヴェングラ-の「ワ-グナ-管弦楽曲集」が第1集からバラで第3集まで出ていた(いまはもっと伸びただろうか)。その第3集にフラグスタ-トの「ブリュンヒルデの自己犠牲」が収められており、これは必聴だ。フルトヴェングラ-がフィルハ-モニアo.を振って「トリスタンとイゾルデ」を録音した翌日になされたセッションでフラグスタ-トはこの曲をうたった。スタジオから出てきたフルトヴェングラ-はプロデュ-サ-のウォルタ-・レッグに「君はこの録音で名前を残すだろう」と告げたが歴史はそれが間違いでなかったことを証明した。
 フルトヴェングラ-のワ-グナ-指揮者としての偉大さは、あとは「トリスタンとイゾルデ」にゆずろう。
 カラヤン/BPOが残した2枚のディスク(「ワ-グナ-管弦楽曲集第1、第2集」。1974年。EMI)は録音の点でもきわめてすぐれており、どの曲をとってもまったくムラがない。この録音における「ニュルンベルクのマイスタ-ジンガ-」第1幕への前奏曲など、わたしの生涯の愛聴曲である。


486 ワ-グナ- ジ-クフリ-ト牧歌

 美しい曲である。この曲の「流麗さ」を前面に出した演奏としてカラヤン/BPOの演奏(1977年。グラモフォン)を第一にとる。


487 ワ-グナ- 歌劇「さまよえるオランダ人」

 カラヤン/BPO盤(1981~83年。EMI)がいい。ワ-グナ-の歌劇のディスクを選ぶ際にとるべきかどうかで迷うのが「バイロイト音楽祭のライヴ録音」盤だ。この曲でもベ-ム/バイロイト祝祭o.の盤(1971年ライヴ。グラモフォン)があるのだが、わたしはバイロイトのホ-ルの独特でデッドな響きが好きでない。簡単に言えばまるで布団部屋で歌っているみたいな音響なのである。それが1950年代、60年代となるとさらにひどくて「これで正式録音なのか」と思うときがあるほど音がわるい。ワ-グナ-のオペラはやはり良好なスタジオ録音でききたい。


488 ワ-グナ- 歌劇「タンホイザ-」

 ショルティ/VPO盤(1970年。ロンドン)。パリ版かドレスデン版かでわかれるが、どっちを聴いてもさしたる違いではない(ショルティ盤はパリ版)。いまのところショルティ盤以外ですぐれた録音はあまりないようだ。


489 ワ-グナ- 楽劇「トリスタンとイゾルデ」

 フルトヴェングラ-/PO盤(1952年。EMI)。かれこれ5年ほど前になるが知り合いにこの盤を贈ろうとして国内盤が廃盤になっているのを知り慨嘆したものだ。初発から50年ちかく「一度も廃盤になったことがない」のを誇る名盤だったのだが、その伝説も21世紀になって崩れた。いま現在はカムバックしたのだろうか。


490 ワ-グナ- 楽劇「ニュルンベルクのマイスタ-ジンガ-」

 カラヤン/ドレスデン国立o.の盤(1970年。EMI)。群衆シ-ンが大切な曲だという点である意味ヴェルディの「アイ-ダ」などと共通するところがある。そういう曲をさばくときのカラヤンの采配はさすがである。


491 ワ-グナ- 楽劇「ラインの黄金」

492 ワ-グナ- 楽劇「ワルキュ-レ」

493 ワ-グナ- 楽劇「ジ-クフリ-ト」

494 ワ-グナ- 楽劇「神々のたそがれ」

 いわゆる「指環」である。わたしは結局カラヤン、ベ-ム、ショルティですべての組み合わせを買った。あなた馬鹿ではありませんかと言われればそうかもしれない。結論としてはすべてショルティ/VPOの盤(1958~65年。ロンドン)で間違いありませんということになる。こうしたオペラを鑑賞するとき、いまはもうCDではなくDVDで楽しむべきなのかもしれないがわたし個人としてはCDできいたほうが演奏の良否がはっきりわかる。もう一度書く。ショルティ盤で全集をもとめ、じっくり聴きなさい。


495 ワ-グナ- 舞台神聖祝典劇「パルジファル」

 この曲もやはり「録音がいいかどうか」が重要である。その意味でここでもクナッパ-ツブッシュ盤よりもカラヤン盤(ベルリン・フィル。1979~80年。グラモフォン)を優先させることになる。

  

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2010年02月22日

481~484 ヴュータン~ヴィヴァルディ


481 ヴュ-タン ヴァイオリン協奏曲第5番イ短調

 名人芸をきかせる曲であるが、その「芸」がどういったものであるかによって演奏のスタイルも変わる。パガニ-ニの「カプリ-ス」などと共通した部分のある曲と言えよう。わたしとしては品性のある演奏を好ましいと思うので、グリュミオ-、ロザンタ-ル/ラムル-o.の盤(1963年。フィリップス)を、とる。しかしハイフェッツ、サ-ジェント/ロンドン新so.の演奏(1961年。RCA)もさすがに立派であった。


482 ヴィヴァルディ 協奏曲集「調和の霊感」

 つい先日もとめたイタリア合奏団による演奏が、なかなかよかった(1988年。デンオン)。廉価盤になっていたから(2枚組で1500円だったと思う)もとめやすい。ほかにマリナ-/アカデミ-室内o.の演奏が「ヒット確実」という感じなのだが(1972年。ロンドン)いまだに買えずにいる。


483 ヴィヴァルディ 協奏曲集「四季」

 コクマルガラスはオリジナル楽器が嫌い。で、カルミレッリ、イ・ムジチ合奏団の1982年の演奏(フィリップス)、もしくはミケルッチ、イ・ムジチ合奏団の演奏(1969年。フィリップス)を推薦する(どちらかは廃盤でないという思いから。両方現役ならばミケルッチをとる)。同じイ・ムジチがア-ヨと組んだCDがポピュラ-だが、すこし造形に乱れがあると思う。


484 ヴィヴァルディ フル-ト協奏曲集 Op.10

 このへんで節を屈してブリュッヘン盤をとろう。18世紀オ-ケストラ団員を弾き振りしての演奏はなかなか爽やかである(1979年。セオン)。

  

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2010年02月21日

472~480 ヴェルディ


472 ヴェルディ 歌劇序曲集

 音楽之友社がなぜ『名曲名盤500』においてこの曲を選んだのか、わたしにはよくわからない。ヴェルディの歌劇の序曲はオペラ全曲できけばよいというのがわたしの感覚だからであるが、まあそんな難しいことは言わずカラヤン/BPO(1975年。グラモフォン)の盤でカラヤンの見事なリズム感を楽しもう。


473 ヴェルディ 歌劇「アイ-ダ」

 わたしとしてはラダメスの「清きアイ-ダ」の歌唱はドミンゴの声でききたいところだが、ドミンゴが歌っているのはアバド/ミラノ・スカラ座の盤(1981年。グラモフォン)においてである。たしかにその盤も名盤ではあるのだが、やはりカラヤン/VPOの盤(1979年。EMI)の壮大な表現(特に群衆シ-ンでのウィ-ン国立歌劇場合唱団の凄さ!)には一歩を譲る。カラヤン盤でラダメスを歌っているのはカレ-ラスで、ちょっと物足りないのは事実だがむろん標準はクリアしている。まあ仕方がない。「清きアイ-ダ」は「ドミンゴ・オペラ・アリア集」できくことにしよう。


474 ヴェルディ 歌劇「オテロ」

 世評がたかいのはカラヤン/VPO(1961年。ロンドン)だが、デル・モナコの歌唱がいまとなってはすこし古めかしい。それと第2幕の「イア-ゴの信条」から終盤のオテロとイア-ゴの二重唱にかけてのイア-ゴがカラヤン盤のプロッティでは力不足だ。そこを完全にクリアしているのがセラフィン/ロ-マ国立歌劇場o.の盤(1960年。RCA)である(オテロはヴィッカ-ズ、イア-ゴはゴッビだ)。わたしにはこの盤に接するまでセラフィンの本当の凄さがわからなかった。この盤の冒頭の「嵐の場面」におけるオ-ケストラと合唱の強靱さはどうであろう。


475 ヴェルディ 歌劇「仮面舞踏会」

 アバド/スカラ座(1979、80年。グラモフォン)がトップ。ドミンゴも好調である。


476 ヴェルディ 歌劇「椿姫」

 このオペラについてはわたしは充分に満足できる盤をまだ所有していない。クライバ-盤はコトルバスが悪すぎるし、カラスのジュリ-ニ盤は音が悪い。セラフィン盤もいまひとつだ。中古ビデオでショルティ/コヴェントガ-デン国立歌劇場o.の演奏をきいたが期待はずれ。ネトレプコがVPOをバックに歌った盤にもさして感動しなかった。いままでわたしがきいたヴィオレッタのアリアの中のベストは映画「仮面の中のアリア」で主人公女優の口パクに「アテて」いる歌手の歌であった。苦労して海外盤でサウンドトラックと称するCDをもとめたが、映画の中での歌とは異なっていた。いったい何という歌い手なのであろうか。


477 ヴェルディ 歌劇「トロヴァト-レ」

 「見よ、恐ろしい炎を」だけで言うなら(なんとも乱暴なチョイスだが)ロンドン盤でのパヴァロッティが悪趣味のかぎりで(オ-ケストラが最後の音を鳴らしおわる所までC音を延ばしている)ベスト。1969年にゾフィエンザ-ルで録音とクレジットされているが、複数の指揮者とオ-ケストラが演奏しているので定かでない。このアリアを振っている指揮者はレッシ-ニョで、オケはウィ-ン歌劇場管弦楽団という怪しげな団体だ。このアリアの途中でパヴァロッティの他に歌っている歌手がふたりいて、盤によってはギルディス・フロッスマンというソプラノとペ-タ-・バイリ-というテノ-ルであるとクレジットされているが、これも盤によってクレジットが変わるといういいかげんさ。所要時間は10分10秒くらいだが、それも「見よ、恐ろしい火を」の前に「ああ、あなたこそ私の恋人」が歌われている場合のト-タル計時である。オペラのアリア集については1969年になってもこんな表記がまかり通っていたのだ(いまでもそうかもしれない)。
 全曲ではセラフィン盤の評価がたかいし、わたしも超一流の盤だと思う。しかし棚から取り出してきくことが多いのはジュリ-ニ/ロ-マ聖チェチ-リア音楽院o.(1984年。グラモフォン)のほうだ。理由のひとつは「録音がいい」からだが、ジュリ-ニが晩年を迎えてとるようになった「おそいテンポ」も選択理由である。


478 ヴェルディ 歌劇「ファルスタッフ」

 このへんになるとヴェルディのオペラはどんどん音の重なりかたが「うすく」なってくる。「アイ-ダ」みたいな壮絶な大合唱は出てこないから、ああいった超弩級のヴォリュ-ムを要求しても無駄である。個々の歌手の出来ばえがオペラ全体に大きく影響するわけで、登場人物がせいぜい10人の演劇みたいな感じになる。わたしとしてはジュリ-ニ盤でのブルゾンよりはカラヤン盤でのタディのほうが好きであった。カラヤン/VPO(1980年。フィリップス)。


479 ヴェルディ 歌劇「リゴレット」

 このオペラはもう478で述べた「ヴェルディ・オペラの少人数化」がさらにすすんで「主役ひとりでやっている」みたいな感じになってくる。バリトンが主役であることもプッチ-ニなどにはみられない現象である。プッチ-ニは結局「老い」とか「宿業」をオペラに持ち込むことはなかったが、ヴェルディはちがう。リゴレットをうたっているバリトンとしては、わたしはジュリ-ニ盤のカプッチルリをいちばん評価している。オ-ケストラは「ファルスタッフ」を振っているカラヤンのときと同じウィ-ン・フィルだが、なんという響きのちがいか。どちらも素晴らしいとしか言いようがないのだが、ジュリ-ニの棒の下で出したこの響きは、他の指揮者からは得られないという気がする。ジュリ-ニ/VPO、カプッチルリ(1979年。グラモフォン)。


480 ヴェルディ レクィエム

 この曲のCDをもとめる人の多くは「怒りの日」の迫力満点のオ-ケストラと合唱の響きを目的にしておられるのではなかろうか。わたしもそういう非音楽的というか下世話な趣味でいくつもCDを買った。中でいちばんピッタリくるのがアバド/スカラ座による演奏であった。しっかりとした指揮だし独唱者もリッチャレッリ、ドミンゴをはじめ揃っている(1979、80年。グラモフォン)。新旧あるカラヤン盤はどちらも好きになれなかった。

  

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2010年02月20日

463~471 チャイコフスキー~ヴォーン=ウィリアムズ


463 チャイコフスキ- 弦楽セレナ-ド ハ長調

 これはドヴォルザ-クの同名の曲とのカップリングが多い。カラヤン/BPOの演奏が間違いのないところだろう(1980年。グラモフォン)。


464 チャイコフスキ- 幻想序曲「ロメオとジュリエット」

 カラヤン/BPOの盤(1982年。グラモフォン)は次項の「くりみ割り人形」とカップリングになっている。ベスト盤と言い切ってよかろう。


465 チャイコフスキ- バレエ「くるみ割り人形」(全曲、抜粋、組曲)

 前項で述べたとおりカラヤン/BPOがベスト(1982年。グラモフォン)。


466 チャイコフスキ- バレエ「白鳥の湖」(全曲、抜粋)

467 チャイコフスキ- バレエ「眠りの森の美女」(全曲、抜粋)

 上記2曲を抜粋の形でカラヤン/BPOが録音(1971年。グラモフォン)して抱き合わせ録音になっている。わたしはこれで充分だと思う。


468 チャイコフスキ- ピアノ協奏曲第1番変ロ長調

 これはリヒテル、カラヤン/VSO(VPOではない)の演奏が極めつけだ(1962年。グラモフォン)。最近のCDではラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とカップリングになっているようなので(そちらはリヒテル、ヴィスロツキ/ワルシャワ国立poの組み合わせで1959年の録音)、ますます「決定盤」扱いになる。


469 チャイコフスキ- ヴァイオリン協奏曲ニ長調

 この曲については極私的な選評をお許しいただきたい。むろんパ-ルマンやハイフェッツの演奏を否定するものではないが、やはりオイストラフ、オ-マンディ/フィラデルフィアo.(1959年。ソニ-)の豪壮な演奏にまさるものはない、と思う。国内盤でのカップリングがシベリウスのヴァイオリン協奏曲になっていて、それも私的ベストであるから躊躇なく推す。この盤ではオ-マンディのツケのうまさも出色である。


470 チャイコフスキ- ピアノ三重奏曲イ短調
                 「偉大な芸術家の想い出のために」

 まずはト-タルに点を稼いでいるス-ク・トリオ盤(1976年。デンオン)に一票いれよう。だがギレリス、コ-ガン、ロストロポ-ヴィチがまだソ連から西側に出る前の録音(1957年。メロディア)も迫力がある。チャイコフスキ-なんだからゴリゴリにやるんだ、という演奏に興味のあるかたにはこちらをお薦めする。


471 ヴォ-ン=ウィリアムズ グリ-ンスリ-ヴズによる幻想曲

 マリナ-/アカデミ-室内o.の盤(1971年。ロンドン)が素晴らしい。この盤には他に「タリスの主題による幻想曲」や「揚げひばり」などが収められており、どれもが名演になっている。ここでの演奏をきくと「そうか、寒いイギリスの音楽なんだな」と思わせられる、そんな寒色系の緻密なアンサンブルがまことに美しい。ここで逸脱をお許しいただけば「タリスの主題による幻想曲」一曲だけに絞ればミトロプ-ロス/NYPの演奏(1958年。ソニ-)が絶品で、カップリングが既に推薦したシェ-ンベルクの「浄夜」であるということも加わって1位である。

  

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2010年02月19日

456~462 ストラヴィンスキー~チャイコフスキー


456 ストラヴィンスキ- バレエ「春の祭典」

 決定的な演奏が存在する。ブ-レ-ズ/クリ-ヴランドo.(1969年。ソニ-)がそれだ。ブ-レ-ズはこの盤以前にもフランス国立放送so.を振ってこの曲を録音しているが1969年のクリ-ヴランドo.に匹敵するものではない。なにしろセルにしごきにしごかれて20年がかりでアメリカのトップ5に躍り出たオ-ケストラの最盛期であるから、この盤の完璧さにならぶのは容易ではない。音符どおりに弾くという点からいってもダイナミックスの幅のひろさからいっても、この盤をいったん聴いてしまった者にとってはあとの盤は「その他もろもろ」になってしまうほど徹底している。たとえば曲のいちばん最後の部分はアルペジオで終わるよう書かれているが、実際にそうきこえるのはわたしが知るかぎりブ-レ-ズ/クリ-ヴランドo.盤だけだ。


457 ストラヴィンスキ- バレエ「火の鳥」

 この曲もやはりブ-レ-ズであろう。この曲についてはニュ-ヨ-クpo.との録音になる(1975年。ソニ-)。NYPというオ-ケストラには弱い指揮者をナメてかかる傾向がつよいが、ブ-レ-ズは負けてなんかいない。この時期のブ-レ-ズは意気軒昂な発言で有名であった。現代ものにめっぽう強い指揮をふるって、バルト-ク、ストラヴィンスキ-、ドビュッシ-、ラヴェルといった作曲家の難曲をバサバサと退治していたものだ。彼は1990年代に「2周目」という感じで上記の作曲家と、あとマ-ラ-を取り上げたが、すでに往年の力はなかった。


458 ストラヴィンスキ- バレエ「ペトル-シュカ」

 この曲もブ-レ-ズ/NYPにしようかと思ったのだが、それだと全部になってしまうし「ペトル-シュカ」という曲については独特のペ-ソスが必要のように思う。そこでドラティ/デトロイトso.の盤をとる(1980年。ロンドン)。ロンドン-デッカの録音技術はこの頃がひとつのピ-クにあったと思う。


459 タルティ-ニ ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」

 この曲はやはり美音のヴァイオリニストでききたい。オリジナル楽器による演奏を重視しようとして学生時代にメルクス盤(1971年。アルヒ-フ)を購入したが、勢い込んでLP盤に針を落としてがっくりきた記憶がある。やはりグリュミオ-とカスタニョ-ネの盤だろう(1956年。フィリップス)。モノラルだが音質は良好である。


460 チャイコフスキ- 交響曲第4番ヘ短調

461 チャイコフスキ- 交響曲第5番ホ短調

462 チャイコフスキ- 交響曲第6番ロ短調「悲愴」

 ことチャイコフスキ-については全集を挙げる必要はあるまい。1番から3番までの交響曲はどれも4番から6番の交響曲に従属するというか、後期交響曲の完成のためのスケッチと考えて問題ないからである。
 カラヤンはこの3曲が殊に好きで、4回とか5回とか録音している。その4回とか5回というのはたぶん戦後まもなくの頃からはじまった盤歴であろうが、最初はフィルハ-モニアo.と録音し、次にベルリン・フィルと入れて最後がウィ-ン・フィルと、という順番になると思う。この順番はカラヤンの録音史を辿るとだいたいどんな曲でもその通りになっているので、いわばカラヤンの人生そのものと言い換えることもできる。
 ベルリン・フィルに就任して10年余、ちっとも自分のところにチャイコフスキ-を録音してくれないEMIの要請に負けてか、1971年9月にカラヤンはBPOを振って後期の3曲をまとめて録音する。
 このとき、運命の女神はことのほか帝王カラヤンに味方した。わたしはこれまでチャイコフスキ-の4、5、6番をどのくらいきいたろう。この3曲はいわば「初心者向け」の曲として扱われることが多い。よってこの項でも「幻想」「皇帝」「オルガン付き」と似たようなものだからまあカラヤンならどれでもいい、とでも書きとばしておきたいところなのだ。しかし嘘はつけない。わたしは20代と30代いっぱいをこの3曲に没頭して過ごしたのだ。CDも3曲で20枚以上になるのではなかろうか。そのうちの10枚くらいは、みんなカラヤンである。だからこの段落の最初のような大袈裟なことが書けるのだ。この3曲についてだけ書けばよいのなら、わたしは二流の評論家になれるような気がするのである。

 カラヤン、ベルリン・フィル。1971年。EMI。国内盤もあるが、3曲をCD2枚組に収めるというすこし乱暴なことをしている外盤がやすい価格で出ている。

  

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2010年02月18日

442~455 スメタナ~R.シュトラウス


442 スメタナ 交響詩「わが祖国」

 「お国もの」ということでチェコの指揮者/オ-ケストラが選ばれることが多い、というよりそうでない組み合わせで売っても売れないので企画にならない。アンチェルやらノイマンやらの軟弱な指揮よりはク-ベリックのほうが根性がある。しかしバイエルン放送so.とのライヴ録音(1984年。オルフェオ)はいまひとつ力みすぎだった。ボストン響との三度目の録音をとろう(1971年。グラモフォン)。


443 スメタナ 弦楽四重奏曲第1番ホ短調「わが生涯より」

 これも「お国もの」ということでスメタナSQによる演奏をとろう。たとえばアルバン・ベルクSQが録音したらどうなるだろうなどと思わないでもないが(もしかしたら録音があるのかもしれない)、そういうのを「邪心」と言う。1976年。デンオン。


444 シュトラウス・ファミリ- ワルツ、ポルカ集

 「シュトラウス・ファミリ-・コンサ-ト」というタイトルで1、2、3とつごう3枚のCDが出ている。クレメンス・クラウス/VPOによる1950年代の演奏で、録音がすこし古いことを除けば決定盤である。あと録音のいいやつ、と言えばカルロス・クライバ-がニュ-イヤ-・コンサ-トを振ったソニ-盤あたりだろうか。


445 ヨハン・シュトラウス・ 喜歌劇「こうもり」

 カルロス・クライバ-/バイエルン国立歌劇場o.の盤(1975年。グラモフォン)が評価がたかい。視覚的に訴えてほしい方にはクライバ-が振った映像がDVDでいろいろ出ているだろうからそちらのほうが楽しいかもしれない。


446~452 リヒャルト・シュトラウス
         アルプス交響曲
         交響詩「英雄の生涯」
         交響詩「死と変容」
         交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
         交響詩「ティル・オイレンシュピ-ゲルの愉快ないたずら」
         交響詩「ドン・キホ-テ」
         交響詩「ドン・ファン」

 リヒァルト・シュトラウス(「リヒャルト」という表記だと、すこし違和感がある)の交響詩については「コクマルガラスお薦め」のセットものが存在する。ケンペ/ドレスデン国立o.による1970年代初めの録音(EMI)がそれで、外盤の9CDセットでボックス仕様になっている。これこそはケンペ最良の遺産であって、どの1枚をとってもくずがない。上記の曲にくわえてホルン協奏曲第1、第2番であるとかオ-ボエ協奏曲などが収録されており、どの曲も名曲であるし演奏も素晴らしい。R.シュトラウスと言うとカラヤン/BPOの演奏(何度も録音している)が名高い。わたしもいろいろとカラヤン盤をもとめたものだ。しかしそれから15年ほどが経って、やはり全集のかたちで揃えるのならケンペだという気持ちを新たにしている。徹底的に整理され計算されたカラヤン盤よりは「澱」みたいなものが古式ゆかしく混ざっているケンペ盤のほうがわたしにはしっくりくる。カラヤンの場所としては「ばらの騎士」をあけておくとして、管弦楽曲や協奏曲の座はケンペに献上しよう。


453 リヒャルト・シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」

 これはもう完全にカラヤンの新盤だ。カラヤンは1956年にフィルハ-モニアo.を振って名演をのこしている(EMI)が、1982年から84年にかけてなされた再録音(グラモフォン)ではオ-ケストラがVPOに変わっており、そのことが実に大きい。録音技術も飛躍的に進歩しているし、オックスを歌うバリトンの好みでも、わたしは旧盤のエ-デルマンより新盤のモルのほうが好きだ。第二幕でオックスは太線ハ音を要求されるが、モルは朗々と出して悠然たるものだ。こうしたオペラでカラヤン/VPOの録音が残されたことに感謝したい。


454 リヒャルト・シュトラウス 歌曲集

 リヒァルト・シュトラウスの歌曲はフォレやシュ-ベルトとちがって、セットでもとめるべきものでないという気がする。自分がいっとき先生について歌曲を習ったことがある経験からしても、たとえば「万霊節」なら自分が「万霊節」の楽譜をどう読むか、そしてそれがプロの歌手とどう違うか、1曲1曲ゆっくりあたってみたいという気がする。シュトラウスの歌曲にはそのくらい「手練手管」がほどこされているのであり、6枚組だとか7枚組だとかでざっと聴いてしまうには勿体なさすぎる。「いや、それはそっちの勝手な言い分だ」と仰有るのであれば、とりあえずフィッシャ-=ディ-スカウが1967年から70年にかけてEMIに録音したセットを挙げるが、1枚1枚ゆっくり時間をかけて聴いていただきたいという気がする。


455 リヒャルト・シュトラウス 4つの最後の歌

 シュヴァルツコップがセル/ベルリン放送so.と入れた盤(1966年。EMI)が素晴らしい。カラヤンがトモワ=シントウと組んだグラモフォン盤(1985年)もこれまた絶品である(ヤノヴィッツと1972~73年にも録音しているが再録音のほうがのびやかである)。シュヴァルツコップ盤のカップリングはR.シュトラウスの歌曲集になっていて、これもセルが絶妙のツケをみせるので、こちらに軍配をあげよう。

  

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2010年02月17日

434~441 シベリウス


434 シベリウス 交響曲第1番ホ短調

435 シベリウス 交響曲第2番ニ長調

436 シベリウス 交響曲第4番イ短調

437 シベリウス 交響曲第5番変ホ長調

 シベリウスについては1960年代からカラヤン/BPOがたいへんうまく、1度目はグラモフォン、2度目はEMIに連続して何曲かの録音を残しているが「全集」にはなっていない(カラヤンは意図的に3番を録音しなかったと記憶するが、それ以外にもいろいろあったらしい)。
 全集を残した指揮者としてはベルグルンドが存在する。ボ-ンマス響の次にヘルシンキ・フィルと全集を残しており、オケが優秀で寒色系の音を持っていることがシベリウスに合っていた。わたしが持っている「全集」はこれである。
 あと、バルビロ-リがハレo.と全集を録音しているが、オ-ケストラが致命的に弱いのでこれはとれない。ヤルヴィ(ネ-メのほう)もエ-テボリso.を振って録音しているが、わたしは全集になったかどうか確認していない。これは推測だがなっていたとしてもやはりカラヤン/BPOにはかなうまいという気がする。コリン・デイヴィスがBSOを振った全集は(すべてを買ったわけではないが)あきらかに指揮者の力負けだった。

 ではカラヤンで揃うだけ揃えて補完を他の指揮者ですればよいかと言うと、曲によってはカラヤンも意外と奮わない場合があるという事情がある(言ってしまえば6番と7番がそうだ)。そんなこんなでシベリウスについてはやはりベルグルンド/ヘルシンキ・フィルの全集(EMI)をまず推す。全集のボックスものを狙うとけっこう高価(管弦楽曲も入れているためだ)だが、2枚組ふたつで1番から4番までと5番から7番までを網羅できる外盤があるようだ。値段も2枚組1セットにつき1300円弱と徳用である。

 いま現在の発売なので過渡的なチョイスになるが、EMIが「カラヤン・プレミアム2CDシリ-ズ」という2枚組のシリ-ズを出している。それのNo.8がシベリウスの交響曲第1番、第4番と第2番、第5番という組み合わせである。国内盤2枚組で1900円であったと思うからなかなかリ-ズナブルである。お薦めしておく。品番はTOCE-56195/96である。


438 シベリウス 交響曲第7番ハ長調

 全集の扱いで推薦した盤なので重複するが、この曲についてわたしが納得できる演奏をしているのはベルグルンド/ヘルシンキ・フィル(1984年。EMI)だけだ。


439 シベリウス 交響詩「タピオラ」

440 シベリウス 交響詩「フィンランディア」

 グラモフォンからもEMIからもカラヤン/BPOによる「シベリウス管弦楽曲集」が出ている。わたし個人としてはEMIの音づくりの方がシベリウスの音楽にマッチしているように思うが、もはやこれは単なる好みである。


441 シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調

 これはもうオイストラフとオ-マンディ/フィラデルフィアo.による演奏(1959年。ソニ-)にとどめをさす。曲のはじまりから長いカデンツァがあって、そこにオ-ケストラが怒濤のように入ってくるところがひとつのポイントだが、オイストラフとオ-マンディにくらべたらどのヴァイオリニスト/指揮者も歌いきっていない。この演奏のCDはもう15年ほども品番が変更されていない。庶民から評価されている証拠である。

  

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2010年02月16日

429~433 スクリャービン~ショスタコーヴィチ


429 スクリャ-ビン 交響曲第4番「法悦の詩」

 わたしは何度きいてもこの曲のよさがわからない。アバド/BSO(1971年。グラモフォン)を挙げておくが、誰がどのオ-ケストラを振っても大同小異であろう。


430 ショスタコ-ヴィチ 交響曲第5番ニ短調

 ヴォルコフの著作が1980年代はじめに出て、1980年代いっぱいをもってソ連が崩壊するとこの曲の解釈は一変してしまった。ショスタコ-ヴィチが反体制の意図をこの曲の構造に隠したという「読み」はしかし、わたしにはいかにも勘繰りが過ぎるのではないかなあという気がする。保身のためにソ連讃歌を書いて、書いた通りに演奏されていた1970年代なかばまでの「そのまんま」の演奏のほうが、わたしにはわかりやすい。
 そういう意味でバ-ンスタイン/NYPの1959年の演奏を、とる(ソニ-)。1979年の来日ライヴ盤はNYPのアンサンブルにガタがきているし、事情通にきいたところでは「全部別テイクで、ライヴ音源なのは拍手だけ」とのことである。


431 ショスタコ-ヴィチ 交響曲第9番変ホ長調

 「軽い第九」ということで当局に叱られた曲である。ロジェストヴェンスキ-/ソヴィエト国立文化省so.(1983年。メロディア)。


432 ショスタコ-ヴィチ 交響曲第10番ホ短調

 カラヤンが唯一録音したショスタコ-ヴィチの交響曲である。解釈については多くの西欧の指揮者とちがって、意外に融通のきかないゴツゴツしたつくりになっている(1981年。グラモフォン)。同じカラヤン/BPOの1966年の旧録音のほうがスマ-トなのが面白いといえば面白い。


433 ショスタコ-ヴィチ 交響曲第15番イ長調

 ロジェストヴェンスキ-/ソヴィエト国立文化省so.(1983年。メロディア)の演奏がしっかりした造形になっている。いわゆる「ロシアもの」を得意とする東欧、あるいは元東欧の指揮者たち(コンドラシン、フェドセ-エフ、ムラヴィンスキ-など)の芸術的な才能についてわたしはかなり懐疑的である。ロジェストヴェンスキ-も「力ずくのゴリ押し」という点で同じ傾向だが、オ-ケストラを指揮棒で統御する技術はちゃんと持っているのでショスタコ-ヴィチの演奏を選ぶときはどうしてもロジェストヴェンスキ-になる。

  

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2010年02月15日

421~428 シューマン


421 シュ-マン 幻想曲ハ長調

 この曲の「スケ-ルの大きさ」に見合う演奏をしているのがリヒテル(1961年。EMI)であった。わたしの所有するディスクではカップリングが「蝶々」と「ピアノ・ソナタ第2番」になっており、どれも素晴らしい演奏である。


422 シュ-マン 交響的練習曲

 ポリ-ニかリヒテルかで迷うところだ。ポリ-ニ(1981、83年。グラモフォン)は輝かしい音で見事に弾いている。リヒテル(1971年。メロディア)の打鍵は深く沈み込むような低音が印象的で、シュ-マンを「ネクラ」にとらえるとどうなるか、という解釈になっていて興味深い。


423 シュ-マン 子供の情景

 420の「クライスレリア-ナ」で述べたとおり、アルゲリッチとホロヴィッツの演奏のどちらもがこの曲とのカップリングだ。余談になるがこの2人くらい「子供への愛情」と無縁な人物もあるまいに、この曲の名演を残すとはこれいかに。はてさて、ベネディッティ=ミケランジェリが「子供の領分」で決定盤を残すが如し。


424 シュ-マン 謝肉祭

 この曲には決定盤がない。LP時代にフレイレの1回目の録音があった(1967年。ソニ-)。フレイレ若き日の名演であったが、一度もCD化されていない。ベネディッティ=ミケランジェリの2度の録音(最初は1957年に放送用に録音。グラモフォン。2度目はEMIに1975年に録音)も面白いが、どちらも内向型の演奏になっていて(その傾向でよければ1957年の方が徹底している)開放的な感覚が無いのが物足りない。仕方ないので2003年にフレイレがデッカに入れた録音を挙げる。この盤には「蝶々」「子供の情景」「アラベスク」がカップリングされている。


425 シュ-マン 歌曲集

 挙げるとすればフィッシャ-=ディ-スカウと、それからマティスがそれぞれエッシェンバッハと組んでグラモフォンに入れた男声用と女声用の全集であろうが、わたしはどちらも所有していない。シュ-ベルト歌曲の「三大歌曲でじゅうぶん」という言い分がシュ-マンにおいても「リ-ダ-クライス」「女の愛と生涯」「詩人の恋」の3曲で事足れりという考えと重なりそうである。


426 シュ-マン リ-ダ-クライス Op.39

 フィッシャ-=ディ-スカウとエッシェンバッハによる盤が決定盤である(1974、75年。グラモフォン)。


427 シュ-マン 歌曲集「女の愛と生涯」

 わたしの所有しているのはシュワルコップの盤(1974年。EMI)であるが、この頃になるとシュワルツコップの声にも老化がみられる。現在マティスとエッシェンバッハによる盤(1979年。グラモフォン)が1枚もので分売されていればそれを推す。


428 シュ-マン 詩人の恋

 フィッシャ-=ディ-スカウの盤(1974~76年。グラモフォン)は「リ-ダ-クライス」とのカップリングになっていて、どちらも決定盤だ。

  

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2010年02月14日

412~420 シューマン


412 シュ-マン 交響曲第1番変ロ長調「春」

413 シュ-マン 交響曲第2番ハ長調

414 シュ-マン 交響曲第3番変ホ長調「ライン」

415 シュ-マン 交響曲第4番ニ短調

 シュ-マンの交響曲全集をもとめるのであれば、サヴァリッシュ/ドレスデン国立o.(1972年。EMI)が良い。録音場所であったドレスデン・ルカ教会の豊かな残響のなかでのとびきりすぐれた演奏を楽しめる。全4曲がCD2枚組になっているのもうれしいところだ。
 しかしここで交響曲第3番と第4番に突出した名盤があることを忘れるわけにはいかない。第3番にはジュリ-ニ/LAPOの名盤(1980年。グラモフォン)があり、第4番にはフルトヴェングラ-/BPOの名盤(1953年。グラモフォン)がある。前述したとおりフルトヴェングラ-のこの盤はフルトヴェングラ-の盤のなかで最良の音質のものである。ベ-シック・ライブラリ-としてサヴァリッシュ盤をもとめられた方も、2巡目にはジュリ-ニとフルトヴェングラ-をお忘れなく。


416 シュ-マン チェロ協奏曲ニ短調

 ロストロポ-ヴィチがバ-ンスタイン/フランス国立o.と組んだ盤の世評がたかいがわたしとしてはベストとは思えない。ロストロポ-ヴィチの音がちょっとネクラすぎるところへもってきてバ-ンスタインの指揮が鈍い。こんなことを書くと怒られそうだが、この曲にはあまり深入りしないほうがいいという気がする。よってラロ、サン=サ-ンスのチェロ協奏曲とカップリングされているヨ-ヨ-・マのネアカな盤を推す。ツケがコリン・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団(1985年。ソニ-)であることもプラスに働いている。


418 シュ-マン ピアノ五重奏曲変ホ長調

 曲調が好きなのでいろいろな盤を買った。なかでも特に親密感があったのがデムス、バリリSQによるモノラル盤(1953年。ウエストミンスタ-)であった。このあたりまでの「ウィ-ン風合奏」というのは、1960年以降のものとすこし違う気がする。ウエストミンスタ-・レ-ベルのディスクには「古き良き」ウィ-ンの音がきけるものがたくさんある。


419 シュ-マン アラベスク ハ長調

 この曲はポリ-ニ盤(1981、83年。グラモフォン)がいい。カップリングが「交響的練習曲」になっているのも徳用だ。


420 シュ-マン クライスレリア-ナ

 冒頭の華麗な主題をどう弾くかで決まる曲であろう。リストの項でも述べたがアルゲリッチ(1983年。グラモフォン)がホロヴィッツ(1969年。ソニ-)とそっくりの解釈なので驚いた記憶がある。演奏時間まで酷似していた。どちらも「子供の情景」とのカップリングで、そのどちらもが推薦に値する。もう好みで選ぶしかなかろう。

  

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2010年02月13日

398~411 シューベルト

398~403
    シュ-ベルト ピアノ・ソナタ第13番イ長調 D.664
              ピアノ・ソナタ第14番イ短調 D.784
              ピアノ・ソナタ第16番イ短調 D.845
              ピアノ・ソナタ第18番ト長調「幻想」 D.894  
              ピアノ・ソナタ第20番イ長調 D.959
              ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960
405~407
    シュ-ベルト 楽興の時 D.780
             幻想曲ハ長調「さすらい人」 D.760
             即興曲集 D.899、D.935

 シュ-ベルトのピアノ曲についてはわたしには苦手意識があった。とにかく冗長に感ぜられるのだ。リヒテル、ポリ-ニ、内田、レオンスカヤ、ルプ-、エッシェンバッハ。どの演奏をきいても退屈であった。10年ほど前にその苦手意識を払拭してくれたのがブレンデルによる新録音のセット(1982~88年。フィリップス)であった。ともすれば口ごもり、ともすればうつむくシュ-ベルトの音楽を意義深いものとしてわたしの前に提示してくれたブレンデルには深く感謝している。わたしはブレンデルの旧盤のシリ-ズを全部きいていない(1970年代なかばの録音。フィリップス)が、数枚きいたかぎりでは「さほど新旧の差はない」という気がした。ゆえにブレンデルの新録音のセットをためらうことなく推薦する。


404 シュ-ベルト 「しぼめる花」の主題による序奏と変奏曲 D.802

 ニコレとエンゲルの盤(1969年。グラモフォン)がすぐれている。「アルペジオ-ネ・ソナタ」と同じで、フル-ト以外の楽器でも演奏される。それでここでもゴ-ルウェイとモル(1983年。RCA)を挙げておこう。


408 シュ-ベルト 歌曲集

 いまでも現役かどうかわからないが、フィッシャ-=ディ-スカウとム-アがグラモフォンに1966、66、69年に録音した「シュ-ベルト歌曲大全集」は素晴らしいものである。わたしの持っているのは箱物の22枚組で、だいぶ体積を食っているのが難であるが聞いた話ではボックスに紙袋入りのCDをまとめて収納するスタイルで再発されたそうである。まあ、シュ-ベルトの男声歌曲をCD22枚ぶんきく必要があるのかどうかはききての考え方次第であるし、三大歌曲集だけで充分という言い分も一理ある。値段も馬鹿にならないから、中古の出物などで出会ったときに買うのも手であろう。あとそれからLiederというのは対訳がないといかにも辛いので、割高でも国内盤を買ったほうがよい。


409 シュ-ベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 D.795

 シュ-ベルトの「三大歌曲集」のなかでは比較的楽天的な性格がつよい。そんな曲をうたうにはプライの声がぴったりである(ピアノはエンゲル。1971年。テルデック)。


410 シュ-ベルト 歌曲集「白鳥の歌」 D.957
 この曲も開放的なパトスを要求したいところで、その点でプライとビアンコ-ニの盤がすぐれていた(1984~85年。デンオン)。


411 シュ-ベルト 歌曲集「冬の旅」 D.911

 わたしとしてはヘフリガ-、デ-ラ-の盤(1980年。クラ-ヴェス)をベストに推したい。ヘフリガ-はテノ-ルであるが、その透き通るような声が響くときの哀切極まる感覚はこの曲のイメ-ジにうってつけである。デ-ラ-の弾くハンマ-フリュ-ゲルの音もよくマッチしている。

  

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2010年02月12日

394~397 シューベルト


394 シュ-ベルト 弦楽五重奏曲ハ長調 D.956

 ラサ-ルSQ、ハレルによる演奏(1977年。グラモフォン)とアルバン・ベルクSQ、シフによる演奏(1982年。EMI)がどちらもいい。ラサ-ルSQが鋭利な表現をとっているのに対してアルバン・ベルクSQの方にはやや妖艶な感覚が漂う。そのあたりが選択のポイントになりそうだ。


395 シュ-ベルト 弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」 D.810

 劇的で頭に残りやすい旋律から人気のある曲だ。アルバン・ベルクSQの演奏もむろん悪かろうはずもないが、個人的に「押し」の強いイタリアSQの演奏(1979年。フィリップス)が好きだ。うまいことにこの演奏は現在、393のピアノ五重奏曲「ます」の推薦盤(ブレンデル盤)とカップリングになっており、徳用である。


396 シュ-ベルト ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調 D.898

 RCAから出ているル-ビンシュタイン、シェリング、フルニエの演奏(1974年)はシュ-マンのピアノ三重奏曲とカップリングになっていた。シュ-ベルト、シュ-マンのどちらの演奏もすぐれており、徳用だ。。ピアノ・トリオというのは名人三人が集まればできてしまう、といったところがあって、そういう場合とかく散漫な演奏になりがちであるが、ここでの3人はそれぞれの手腕を発揮しながらもアンサンブルにもきちんと配慮をおいて、美しい演奏を繰り広げている。


397 シュ-ベルト アルペジオ-ネ・ソナタ イ短調 D.821

 マイスキ-とアルゲリッチの盤(1984年。フィリップス)をとろう。ほかにもロストロポ-ヴィチとブリテン(1968年。ロンドン)、ゴ-ルウェイ(フル-ト)とモル(1983年。RCA)など多くの組み合わせがある。

  

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2010年02月11日

390~393 シューベルト


390 シュ-ベルト 交響曲第5番変ロ長調 D.485

 交響曲だと作曲家ごとにボックス・セットを選ぶのが好きなコクマルガラスの流儀に従って、ここでもシュ-ベルトの交響曲全集を選ぼう。まず第一に推すのがベ-ム/BPOが1963、66、71年に録音したセットだ(グラモフォン)。BPOの骨格のしっかりした演奏がシュ-ベルトの曲によく合う(シュ-ベルトだから歌謡的な演奏の方が良いと思うのは早合点。ピラミッド型の音響バランスとがっちりした構成がないとシュ-ベルトの交響曲-だけではなく他の曲もそうだが-は横流れの愚図愚図になってしまう)。録音時期もベ-ムのピ-クにあたるだけに「どこから押してもビクともしない」といった感がある。ベルリン・フィルもカラヤンの統治下にありながらベ-ムの表現意図をよく汲んでいる(カラヤンはシュ-ベルトが苦手であった)。
 ウィ-ンに生まれウィ-ンで死んだシュ-ベルトの再現にはVPOのほうが良いのではないかと問われるなら、答えはノ-である。ウィ-ン・フィルというオ-ケストラはなぜだかシュ-ベルトの交響曲を演奏する際に妙な「しな」をつくる。それが本家ウィ-ン流だということならば、わたしはそうした流儀とシュ-ベルトの組み合わせが好きでない。あの媚態ともとれる旋律のうたわせ方が通用するのはJとRのシュトラウスくらいではないかしら。


391 シュ-ベルト 交響曲第8番ロ短調「未完成」 D.759

 昔なつかしいワルタ-/NYPの盤(1958年。ソニ-)を聴こう。現在若い人にとってもこの盤はなぜかしら「懐かしい」という気分を誘うのではなかろうか。これはある意味で「ワルタ-の不思議」と言えると思う。


392 シュ-ベルト 交響曲第9番ハ長調「ザ・グレイト」 D.944

 この曲にはフルトヴェングラ-/BPOの1951年盤(グラモフォン)がある。録音もフルトヴェングラ-のもののなかではシュ-マンの交響曲第4番とならんで最上に属するし、演奏は折り紙つきである。もっともベ-ム/BPO盤をセットで買ってしまわれた方にとっては、そのベ-ム盤がフルトヴェングラ-盤と並ぶ唯一のディスクになるので重複するわけだが・・。


393 シュ-ベルト ピアノ五重奏曲イ長調「ます」 D.667

 この曲にはたくさんのディスクがあるが、どの演奏をとってもさほどの優劣はない。そういった曲趣なのだ。いまのところブレンデル、クリ-ヴランドSQ、デマ-クによる再現(1977年。フィリップス)が屈託のない明るさから推薦に値する。

  

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2010年02月10日

382~389 サン=サーンス~シェーンベルク


382 サン=サ-ンス 組曲「動物の謝肉祭」

 この曲には室内楽編成と管弦楽編成のふたつがある。わたしはまだ室内楽編成の演奏をきいたことがないので、管弦楽編成のプレ-トル盤を選ぶ(パリ音楽院o.。1966年。EMI)。ピアノを担当しているチッコリ-ニとワイセンベルクがわざとガタガタに弾いている部分など遊び心があって楽しい。プレ-トルの演奏の国内盤ではカップリングがプ-ランクの組曲になっており、動物の名前のついた洒落た管弦楽をきくことができた。いまは変わってしまったろうか。


383 サン=サ-ンス ヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調

 グリュミオ-、ロザンタ-ル/ラムル-o.(1963年。フィリップス)の演奏がいい。こうした品のない作曲家の演奏には抑制のきいた感覚が大事だ。フィリップスのこの頃の録音をうまく鳴らせるかどうかはいいオ-ディオ・チェックにもなる。


384 サン=サ-ンス チェロ協奏曲第1番イ短調

 237のラロのチェロ協奏曲のところで「カップリングもふくめてヨ-ヨ-・マがベスト」と述べた。カップリングがいまも変わっていなければサン=サ-ンスのチェロ協奏曲が組み合わせになっているはずだ。ヨ-ヨ-・マの演奏(マゼ-ル/フランス国立o.1980年。ソニ-)は闊達自在でたいへんに美しい。


385 サン=サ-ンス ピアノ協奏曲第4番ハ短調

 この曲にかんしては新しい録音にいいのがない。ロジェ、コラ-ルといったピアニストの演奏をきいても「あまり出来ばえがよくないな」と思う。少し古い録音でフランスの女流が弾いた盤などを推す文章もあり、そうしたディスクもきいてみたがどうといって出色のものでなかった。いまのところカサドシュ、バ-ンスタイン/NYP(1961年。ソニ-)が推薦に値する盤、ということになる。


386 サティ ピアノ作品集

 サティが好きだという人はあまりクラシックそのものが好きでないのではないか、ということを言ったことがある。サティという人じたいが「クラシックという枠組みなど必要ない」と考えた人だからである。サティの作品はXという演奏家できいてもYという演奏家できいてもまったく違いがない。サティがそのように書いたからだ。サティのピアノ曲のディスクをもとめるなら国内盤がよい。なぜなら彼の作品の面白さの半分はその題名にあるからだ。そんなこんなでチッコリ-ニ(1970年代。EMI)。わたしの持っているのは「ベスト・オブ・サティ」という1枚もの。これで充分だ。


387 D.スカルラッティ ソナタ集

 ショパンのエチュ-ドならポリ-ニ、という「決定盤とどめのひとこと」風に言うならば「スカルラッティのソナタならホロヴィッツ」になる。ホロヴィッツ盤(1964年。ソニ-)を初めてLPでもとめたとき、下宿のオ-ディオから流れ出た音の奔流にびっくりしたものだ。ホロヴィッツがノイロ-ゼになって隠棲していた頃の録音で、このレコ-ドをきいては皆がカムバックを祈念したものだ。これは演奏とは関係ない話題になるが、このディスクのジャケットデザインはレタリングを学んだことのある人間なら誰しもつい真似したくなるような逸品であった。


388 シェ-ンベルク 清められた夜

 この曲はミトロプ-ロス/NYP(1958年。ソニ-)の盤だ。1958年のソニ-にしては良好な音で、NYPは翌1959年にバ-ンスタインとショスタコ-ヴィチの交響曲第5番の決定的な録音を残している。いわば絶頂期であって、それ以来NYPの実力が低下する一方なのは残念である。まあそうは言ってもNYPというオ-ケストラは1950年代にあってもワルタ-の指揮なんかだとやけに造反したりして、安定した力を発揮しようにも団員同士ならびに指揮者との仲が悪すぎるのが実態であるが。


389 シェ-ンベルク ピアノ作品集

 グ-ルド盤は4枚組で1958、64、65年に録音されている。1枚ものもあったと思う(わたしもそれを買ったはずだ)が、どっちみち1枚ものを選ぶのであればポリ-ニ盤(1974年。グラモフォン)が最初から1枚であるからコンセプトとしては統一されている。グ-ルド盤がグ-ルド一流のポキポキした骨っぽい音で構造を組み立てているのに対してポリ-ニの演奏はもうすこしグラマラスである。

  

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2010年02月09日

378~381 ロッシーニ~サン=サーンス


378 ロッシ-ニ 歌劇序曲集

 若かりしアバドがLSOを振って入れた盤がグラモフォン(1975年)とRCA(1978年)にある。代表的な「ウィリアム・テル序曲」はRCA盤のほうなのでそちらをとるが、その1曲だけをとるならカラヤン/BPOの演奏(1971年。グラモフォン)の鮮やかさの勝ち。大カラヤンのこうした小曲はいろいろにカップリングされ変えて出るので、好みで選べばよいだろう。ちなみにわたしの所有する盤はスッペの序曲とのカップリングになっており、カラヤンの愛した「軽騎兵」序曲が入っている。


379 ロッシ-ニ 歌劇「セビリャの理髪師」全曲

 アバド/LSOの録音(1971年。グラモフォン)が決定盤。アバドはこの録音のあたりから「指揮界のダ-ク・ホ-ス」という名前を与えられ、カラヤンに「BPOの後継者になるかもしれない男」と言われた。そのとき挙がった名前はたしかアバド、オザワ、ム-ティ、メ-タだったのではないかと思う。今は昔である。


380 ロッシ-ニ 弦楽のためのソナタ集

 わたしとしてはマリナ-/アカデミ-室内o.の結成当時の録音(1966年。ロンドン)が好きである。アカデミ-室内o.は当初その徹底したアンサンブルで人々を驚かせたものだが、その頃の新鮮な演奏がここにある。この曲はモ-ツァルトのセレナ-デやディヴェルティメントなどと同じで、演奏団員の数を少なめにとるか多めにとるかできいての印象が違ってくる。少なめの人数を好む方にはアッカルド、ガゾ-、ムニエ、ペトラッキによる演奏(1978年。フィリップス)がいいだろう。


381 サン=サ-ンス 交響曲第3番ハ短調「オルガン付き」

 あまり解釈がどうとか言っても仕様のない曲で、要するに「オルガンがバ-ッと鳴る」ところが景気よくデキているかどうかだ。ミュンシュ/BSO(1959年。RCA)の演奏はいかにも「激情型」のミュンシュらしく好演である。「1959年の録音ではいかにもオ-ディオ的に不満だ」という意見もあろうから、あとオ-マンディ/フィラデルフィアo.の演奏(1973年。RCA)を挙げておこう。オ-マンディ盤はわたし自身が所有していないので推測で推すことになるが、まず間違いあるまい。友人の家できいた印象ではカラヤン盤はダメであった。R.シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」の冒頭と同じでオルガンの音のピッチや音色が合っていないと御破算なのだが、効果音が鳴りやんで残響が減衰していくときにピッチが下がってきこえるということも計算に入れないと失敗する。こんな簡単なことは子供に耳にも明らかなのだが、一流の録音技師でもときどき足を出す。録音にうるさいカラヤンもさすがにそうしたことまでには手がまわらなかったようで、あと「幻想交響曲」の鐘の音とか「1812年」の合唱とかでも軒並み失敗しているという話をきいたことがある。カラヤンがもしマ-ラ-の交響曲第8番を録音していたら、やはり頭の部分のオルガンで失敗していただろうか。

  

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2010年02月08日

374~377 レスピーギ~ロドリーゴ


374 レスピ-ギ 交響詩「ロ-マ三部作」
            (ロ-マの噴水、ロ-マの松、ロ-マの祭り)

 以前はトスカニ-ニ/NBCso.のモノラル録音が有り難がられていた。まあ骨董的趣味でトスカニ-ニをきくとすれば確かにこれだろうが、今となってははるかにすぐれた録音と演奏で他の指揮者/オ-ケストラを楽しむことができるのだから、無理にきくこともないだろう。まずム-ティ/フィラデルフィアo.(1984年。EMI)がほとんど決定盤といって良いと思うが、ほかにオ-マンディ/フィラデルフィアo.(1973~74年。RCA)もなかなかの出来ばえだ。


ちょっと休憩。

 「コクマルガラスはどうやらトスカニ-ニが嫌いらしい」というご推察の通りである。わたしが学生時代の1980年ごろ、LP批評の世界ではフルトヴェングラ-、トスカニ-ニ、ワルタ-の3人は「1930~50年代録音の巨匠三羽烏」であった。神聖冒すべからず、といった空気が漂っており「もう古い」などと発言することは御法度そのものであった。そうなればもう好き嫌いしか発言の余地はなかったわけだが、迂闊に嫌いだと口にすれば「あいつはもののわかっていない男だ」と村八分。そんな思潮を作りだしたのはいったい誰であったのか、いまとなっては自分も「ききて」として立派に戦犯のひとりであったことよなあと回想せられる。
 フルトヴェングラ-とワルタ-には、いまきいてもそれなりの美点を発見することができる。フルトヴェングラ-はなんといってもベ-ト-ヴェンの交響曲の再現については権威であったし、3番や5番についてはいまでも名盤で通用するものもある。あと、シュ-ベルトの交響曲第9番「ザ・グレ-ト」(シュ-ベルトの交響曲番号の呼称はここ20年くらいでいろいろ異動があったようだが、「ザ・グレ-ト」が9番というのは結局残ったらしい。要は7番の欠番をどうするかで動いているのだが、シュ-ベルトの交響曲は全部で8曲と言うわけにもいかないようだ)とかシュ-マンの交響曲第4番など、録音状態が比較的良いものは現在でもやはり名盤と言える。ワルタ-は亡命後にアメリカに渡ってモ-ツァルトの交響曲をステレオで残せたことが大きかった。彼はドイツ在住中の1930年代においてもマ-ラ-の交響曲第9番、大地の歌といった曲をHMV(現在のEMI)に比較的良好な録音で残しているし、それらはいまもってやはり名演である。
 そうした状況とくらべてトスカニ-ニの録音は1950年代初頭のものをきいても耳が痛くなってくるくらい状態がわるい。1930年代にはすでにアメリカに亡命してNYPを手中にし、1937年からは彼のために設立されたNBC響を振るようになっていたトスカニ-ニであるが、この時期において既に70代であったことも関連して(1867年生まれ)ひどく癇癪もちの拍節感で指揮をしている。1940年代に入ってNBC響と多くの録音を残すが、その大半は残念なことに悪名高いRCAの8Hスタジオでおこなわれた(これが1950年代の引退までずっと続いた)。いま残された録音をきいても「なんでまたこのような残響ゼロの場所で録音をしたものだろう」と思わせられる。録音に不向きなスタジオでセッションを行っただけなら歴史的名盤のひとつやふたつあってもよさそうなものだが、トスカニ-ニ老人の怒りっぽさとボケはさらに進行しており、平明なイン・テンポというものがまったく保てなくなってしまっている。1936年にNYPを振ったベ-ト-ヴェンの交響曲第7番は戦前のクラシック・ファンにとっては「熱狂型」の代表として懐かしい盤であろうが、いまとなってはイタリア・オペラの転化であったという評価をまぬがれない。
 いまのところわたしにとって「トスカニ-ニ指揮のディスクで癇癪もちでない演奏のもの」というと、1920年代から30年代にNYPを振った「トスカニ-ニ&ニュ-ヨ-ク・フィル名演集」(RCA)くらいだ。この中に1929年に指揮をしたハイドンの交響曲101番「時計」が収められており、「ああ、1920年代にはどうやらマトモな演奏をやっていたか」と思わせられる。他に収録されているのは前述した1936年のベ-ト-ヴェン:交響曲第7番で、こちらも1950年ごろの録音にくらべると設計がそれなりに行き届いていて、すべてのフレ-ズに「キャ-ッ」という加速がかかる、というほどの感じではなかった(後年の録音ではそうなっている)。
 結局のところトスカニ-ニの余燼をしのぶ盤というのはロッシ-ニの序曲集であるとかレスピ-ギの「ロ-マ三部作」になってしまう。わたしのような物好きがおられた場合にはNYPとのベ-ト-ヴェンの交響曲第7番(1936年)もいいだろう。しか-し。間違ってもNBC響とのベ-ト-ヴェン、それからブラ-ムスやシュ-マン、シュ-ベルトといったドイツ・オ-ストリア系の盤を買ってはいけない。それからオペラもダメ。トスカニ-ニという人は歌手の好みも歪んでいて、妙にぺしゃんこの声質の歌手を選ぶ。「オテロ」にしても「椿姫」にしても、ただもううるさいだけである。

 最後に、ほんとうに心からの親切をこめてひとこと。トスカニ-ニはおよしなさい。


375 レスピ-ギ リュ-トのための古風な舞曲とアリア(全3組曲)

 最初にこの曲をきいたとき、これが「ロ-マ三部作」とおなじ作曲家の作品? と驚いたものだ。静かに胸にしみこむ穏やかな旋律の美しさ。いまでも体の調子がよいときにときどき棚からとりだすことあるディスクである。演奏者はマリナ-/ロスアンジェルス室内o.(1975年。EMI)。


376 リムスキ-=コルサコフ 交響組曲「シェエラザ-ド」

 こういう曲を大真面目に振れるかどうか。指揮者のアイデンティティが問われる場面である(わたしは振れないほうが偉いなどとは考えていない。ただ振れる指揮者はチャイコフスキ-の「1812年」とかムスルグスキ-の「展覧会の絵」とか、ラフマニノフのピアノ協奏曲とか、そうした派手な曲を得意にして恥じない男であろう)。そうした視点からオ-マンディ/フィラデルフィアo.(1972年。RCA)とかプレヴィン/VPO(1981年。フィリップス)が浮上してくる。コンドラシン/ACOとストコフスキ-/LSO、マゼ-ル/BPOはどれもあまり面白くなかった。


377 ロドリ-ゴ アランフェス協奏曲

 規範的な演奏としてイエペス、アルヘンタ/スペイン国立o.の演奏(1959年。ロンドン)とジョン・ウィリアムス、フレモ-/POの演奏(1983年。ソニ-)を挙げておく。オ-ケストラがさほど技術を要求されないので、ギタリストの好みによって選べばよい。たとえば村治香織が好きであれば彼女のアルバムがいいであろう。

  

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2010年02月07日

360~373 ラヴェル


360 ラヴェル スペイン狂詩曲

 ドビュッシ-の管弦楽曲の項で「ドビュッシ-はマルティノン、ラヴェルはクリュイタンス」という大雑把なことを書いたが、その感覚はこうしてラヴェルの管弦楽曲について書く段になっても変わらない。NHK交響楽団が指揮者にデュトワを迎えた時期にデュトワがフランスものを好んで取り上げたが、ドビュッシ-やラヴェルの拍節感はやはりN響には無理であった。「じゃあベ-ト-ヴェンやモ-ツァルトだって無理ということになるじゃないか」と云う議論もあるわけだが、何故かドイツものは無理がないみたいだ。そんなこんなでクリュイタンス/パリ音楽院o.の演奏を選ぶ(1961年。EMI)。


361 ラヴェル バレエ「ダフニスとクロエ」(全曲あるいは組曲)

 クリュイタンス/パリ音楽院o.ルネ・デュクロcho.(1962年。EMI)。


362 ラヴェル ボレロ

 アホみたいな曲である。これはわたしがそう思うのではなく、ラヴェルが作曲にあたって自分でそう言ったのだ。クリュイタンス/パリ音楽院o.(1961年。EMI)


363 ラヴェル バレエ「マ・メ-ル・ロワ」(全曲あるいは組曲)

 この曲についても全曲はクリュイタンス/パリ音楽院o.(1962年。EMI)を推薦するが、組曲はジュリ-ニが得意にしていた事実を忘れるわけにはいかない。ジュリ-ニ/LAPO(1979年。グラモフォン)。


364 ラヴェル バレエ「ラ・ヴァルス」

 拍節が微妙に変わってゆく曲だ。クリュイタンス/パリ音楽院o.(1961年。EMI)。その拍節の「むずかしさ」をニュアンスではなくアナリ-ゼで正面切ってとらえてみせたブ-レ-ズ/NYPの演奏(1974年。ソニ-)も面白い。


365 ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調

 金銭的に次項の「左手のためのピアノ協奏曲ニ長調」とカップリングになっていたほうが助かる。その点ではフランソワ、クリュイタンス/パリ音楽院o.(1959年。EMI)をまず推す。しかしベネディッティ=ミケランジェリが録音をのこしており、それがラフマニノフのピアノ協奏曲第4番とのカップリングということもあるので個人的にはこちらがベスト盤だ(グラチス/PO。1957年。EMI)。


366 ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲ニ長調

 いまのところフランソワ、クリュイタンス/パリ音楽院o.を凌駕する演奏はない、と書くと恰好がいいが、なにせ左手だけのピアノなので物凄いみたいな演奏はもともとできない。ぜんたいこの曲を単一で録音するピアニストが-両手のためのピアノ協奏曲も弾けるピアニストで-いるのだろうか。ちょっと変則的に古い録音でコルト-、ミュンシュ/パリ音楽院o.(1939年。EMI)をきいてみる、という手もある。


367 ラヴェル 弦楽四重奏曲ヘ長調

 ドビュッシ-の弦楽四重奏曲のところで、この曲とカップリングされることが多いと書いたように記憶する。やはりパレナンSQ(1969年。EMI)のあえかな表現にひときわ心ひかれる。アルバン・ベルクSQ(1984年。EMI)の歌心も素晴らしいものだけれど。


368 ラヴェル ク-プランの墓

 このあたりからラヴェルの「ピアノ曲」になってくる。いろいろなピアノ曲を取り上げたピアニストとしてはフランソワ(EMI)で過不足ないだろう。彼の弾きくずしが気になる人にはロジェ(ロンドン)やモニク・ア-ス(エラ-ト)を推薦しておく。わたし個人としてはこの曲の冒頭部分は木管の演奏でききたい。よってここでもクリュイタンス/パリ音楽院o.になる(1962年。EMI)。


369 ラヴェル 高雅にして感傷的なワルツ

 アルゲリッチ盤(1974年。グラモフォン)がベスト。


370 ラヴェル 水の戯れ

 アルゲリッチ盤(1960年。グラモフォン)。このディスクはアルゲリッチのデビュ-・レコ-ドで、まだ彼女がショパン・コンク-ルで優勝する以前のものだったと記憶する。そうした「箔」がつく以前から(とは言ってもロン-ティボ-国際コンク-ルなどですでに栄冠を手にしてはいたが)彼女は凄かった。


371 ラヴェル 亡き王女のためのパヴァ-ヌ

 冒頭のとぼとぼとした(こんな形容しか思い浮かばないとはお恥ずかしい)旋律は、わたしとしてはやはりホルン・ソロでききたい。クリュイタンス/パリ音楽院o.(1962年。EMI)。ピアノ演奏で、という方にはフランソワよりもアシュケナ-ジの方が静けさがあっていい(1983年。ロンドン)。

372 ラヴェル 夜のガスパ-ル

 アルゲリッチ盤(1974年。グラモフォン)がベスト。


373 ラヴェル 歌曲集「シェエラザ-ド」

 クレスパン、シュタ-デ、ノ-マンといったソプラノによっても曲のよさがわからずに困っていたが、ロス・アンヘレス、プレ-トル/パリ音楽院o.(1964年。EMI)でやっとわかった。このディスクにはショ-ソンの「愛と海の詩」がカップリングされており、それも素晴らしい出来である。

  

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2010年02月06日

355~359 ラフマニノフ


355 ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調

 アシュケナ-ジが指揮者としてのキャリアを不動のものにしたのは、この曲をACOと録音した1981年(ロンドン)の盤からであると言って差し支えないだろう。彼はラフマニノフの交響曲全集を続けて録音しており、どの曲もベスト盤とするに値する。ほかに個人的愛聴盤としてプレヴィン/LSOの1973年のもの(ロンドン)があり、遙か遠くを見るような哀惜のイメ-ジを具現した指揮はこれまた必聴である。


356 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調

 決定盤がある。リヒテルがヴィスロツキ/ワルシャワ国立o.と1959年に録音した盤(グラモフォン)がそれだ。最近ではカップリングがカラヤン/VSOと入れたチャイコフスキ-のピアノ協奏曲第1番になっており、それもベストなので必聴だ。西側に登場したばかりのリヒテルの強靱な打鍵をきくことができる。


357 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番ニ短調

 ラフマニノフの「ふし」というものは交響曲でもピアノ協奏曲でも似たようなイメ-ジを喚起する。あえて言葉にすれば「望郷」とか「懐旧」であろうか。そのあたりの感覚とラフマニノフ一流の超絶技巧を両立させているのがホロヴィッツ盤だ。ライナ-/RCAso.といれた盤(1951年。RCA)もあるが、新しいライヴ録音(オ-マンディ/NYPとの共演。1978年。RCA)の方がコンディションがいい。それとカップリングされている「ピアノ・ソナタ第2番」(これもライヴ録音。1980年)が物凄いような演奏で、ホロヴィッツを知るのにうってつけである。


358 ラフマニノフ パガニ-ニの主題による狂詩曲

 第18変奏をどのように弾くかでスタイルがきまる。わたしとしては「ハリウッド映画の巨大なクライマックスみたいに」やってほしい。その点でアシュケナ-ジの数回の録音はみんな失格。これはアシュケナ-ジだけの責任ではなくて、伴奏をした指揮者にも不満を鳴らしたいところ。そういう「煽りかた」がうまいのはなんといってもオ-マンディ/フィラデルフィアo.で、そこから逆算するとクライバ-ンの演奏(RCA)ということになる。


359 ラフマニノフ 前奏曲集(全曲あるいは選集)

 まずはワイセンベルクの演奏(1968~70年。RCA)を挙げる。スケ-ルの大きさと打鍵の鮮やかさにおいてわたしはこの盤を凌ぐ演奏に出会ったことがない。わたしはピアノ演奏の録音をきいただけで音符の微妙な変更を言い当てる能力には恵まれていないけれど、ワイセンベルクの演奏は「異常なくらいに楽譜通り」なのではないかという気がする。この「なんだかものすごく正確」という感じはポリ-ニのショパン解釈などにも一脈通じるもので、1970年代の思潮のひとつではなかろうかという気がする。

  

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2010年02月05日

351~354 プッチーニ


351 プッチ-ニ 歌劇「蝶々夫人」全曲

 このオペラくらい日本人を馬鹿にした話もあるまいが、日本人女性が毛唐に好まれる理由は結局ここにあるのだ。カラヤン/VPOの盤(1974年。ロンドン)がいちばん録音もいいしひっかかってくるような問題もない。


352 プッチ-ニ 歌劇「トスカ」全曲

 「困ったときのトスカ頼み」という言葉がある。二流のオペラ小屋が採算に苦しいとききまって「トスカ」を演目にするという悪口である。ソプラノ、テノ-ル、バリトンの3人が揃えば群衆シ-ンもないしどうにか凌げるわけだ。まあ、われわれはそんな逼迫した状況とは無縁だからCD選びには贅沢なところでデ・サ-バタ/ミラノ・スカラ座の2枚組(1954年。EMI)を選ぼう。カラスとステファノも好調だし、なによりデ・サ-バタの指揮が圧倒的だ。わたしはミラノ・スカラ座というオ-ケストラも「なかなか真面目にやらない横柄なオケ」だと思っているが、セラフィンではダメでもデ・サ-バタが振るといい演奏をする。なんでもこの録音のセッションでデ・サ-バタは執拗にテイクを重ねたらしくスカラ座の楽団員から告訴されかかったという話をきいたことがある。


353 プッチ-ニ 歌劇「ボエ-ム」全曲

 これまたひどい筋書きのオペラだが、まあオペラの筋についてああだこうだ言うこと自体オペラがわかっていないようなものだから、やめておく。カラヤンが珍しくベルリン・フィルを振って入れた盤(1972年。ロンドン)がいいだろう。ただしフレ-ニとパヴァロッティの「わたしの名はミミ」「冷たい手を」はどちらもカラヤンの拘束力で圧殺されており、そうしたアリアを楽しみたいのであればそれぞれの「オペラ・アリア名唱集」をもとめたほうがよい。


354 プッチ-ニ 歌劇「トゥ-ランドット」全曲

 ドミンゴのカラフがきけるカラヤン/VPO盤(1981年。グラモフォン)がベストであろう。ことこのオペラについてはカラフの「泣くな、リュ-」「誰も寝てはならぬ」を抜きにしてはどうしようもない。カラヤン一流の「煽り」もこのオペラでは有効に活かされている。パヴァロッティによる歌唱をのぞむのであればメ-タ/LPOの盤(1972年。ロンドン)ということになるが、メ-タの指揮はいまひとつだ。パヴァロッティの「泣くな、リュ-」をききたいばっかりに2枚組をもとめてみたが、オクラ入りになって久しい。コレルリ(モリナ-リ=プラデルリ/ロ-マ歌劇場o.の伴奏。1965年。EMI)もデル・モナコ(エレ-デ/聖チェチ-リア音楽院o.1955年。ロンドン)もいまとなっては歌唱スタイルが古い。

  

Posted by コクマルガラス at 12:03Comments(6)TrackBack(0)
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